初めて仏沼湿原を訪れた方は口を揃えて、「仏沼って名前の沼があると思っていました」とおっしゃいます。実際に沼だったのはもう40年も前のこと。今は一面に広大なヨシ原が広がります。しかし、この環境は人為的な排水によって維持されています。自然の力はここを再び沼に戻そうと日々作用しており、排水ポンプを止めてしまうと瞬く間に『野鳥の楽園』は消失してしまうでしょう。野生生物を守るために自然に逆らう、そんな矛盾を抱えている場所でもあるのです。仏沼湿原の南東の一部分には排水されずに水が溜まり、大きな池ができています。通称『平成池』と呼ばれるこの水溜りにはウやカモなどたくさんの水鳥が降り立ち、翼を休めます。ここにはオオセッカが棲む湿地草原とは違った、別の生態系があります。この池の主はカンムリカイツブリ、体長56cmの中型の水鳥です。丸い体にすらっと伸びた首と長い嘴、赤い目を持つ優雅な鳥で、特に今の時期は顔にオレンジ色が鮮やかな扇型の飾り羽根を付け、いっそう華やかに見えます。彼らは魚食性、水中に潜って魚を捕まえる生活をしています。そのために体は潜水に適した構造に進化しています。彼らは潜水の際に首を伸ばし、翼を体にぴったりと着けて流線型となります。水をかいて推進力を生み出す足は邪魔にならないように体の後方、尾の近くに付いています。これではアンバランスで地上を歩くことはできません。しかし、このアンバランスさが潜水では力を発揮しているのです。彼らの見所は何と言っても春に行う結婚ダンスでしょう。彼らは気に入った相手が見つかると雌雄で向かい合い、扇型の飾り羽根を膨らませます。そして顔を前後に振ったり半立ちになってお腹を見せ合ったりしながら、相手の気持ちを確かめます。時には首を背中側に少し反らせながら嘴を接近させ、愛のシンボルのハート型を形作ることも観察されます。また写真のように水草など小道具も咥えて踊ります。無事にカップルが成立した後も、何度もダンスを繰り返して夫婦の絆を深めていきます。鳥類の中では比較的夫婦仲が良さそうに見えるのですが、実際はどうなんでしょうか。
(デーリー東北 2008年7月11日掲載)