第10回 オオバン

オオバンの縄張り争い

 8月に入り、ようやく夏らしい暑さがやってきました。私は調査のために早朝から夕方まで仏沼湿原のヨシ原にこもっていますが、日差しの鋭さと湿地特有の蒸し暑さで連日ヘトヘトです。こんな暑い日はプールや海で思いっきり泳ぎたいと思いながら、今日も調査に通っています。仏沼湿原の鳥たちも暑さには参っているようで、池の周りの浅い水溜りで水浴びする姿をよく見かけます。彼らも人間と同じように、夏は水と戯れ、できたら泳いだりしたいのでしょうか。けれども鳥類にとって泳ぐことは大変難しい作業です。特に彼らの体を覆う羽毛はあまり水を弾かず、多くの場合溺れてしまいます。水環境で生活するには、特別に対応した『水鳥』でなければ不可能なのです。水鳥は水を弾く羽毛など泳ぐために様々な装備を持っていますが、一目で分かる最も大きな特徴は水かきの付いた足でしょう。一般的な水かきは、足の指と指の間に膜が張ってあるもので、蹼足(ぼくそく)と呼ばれます。ハクチョウやカモ、カモメなどは皆この種の足を持っています。アヒルをモデルとしたドナルドダックの足も蹼足です。一方、これとは全く異なる水かきを持つ少数派の鳥たちがいます。その水かきは弁足(べんそく)と呼ばれ、指の間の膜が無く、代わりに指それぞれがまるでしゃもじやヘラのように異様に広がっています。水を掻く足だけでも複数のパターンが存在する、生物の進化のスゴさを実感します。仏沼湿原にいる野鳥の中で、弁足を持つ代表的な水鳥はオオバンです。体長39cmほどの全身真っ黒な鳥ですが、額には「額板」と呼ばれる白い角質部位があり、白い嘴と併せて大変目立ちます。ハトのように頭を前後にヒコヒコと振りながら泳ぎ、一見おとなしそうに見えますが、実際はなかなか気が強い鳥です。繁殖中は特に神経質で、他のオオバンが自分の巣に近づいたりすると水面を猛烈に駆けて追い払います。時には取っ組み合いのケンカに発展することもあり、水しぶきを上げながら弁足で相手を蹴りまくり、嘴で突きまくる激しいキックボクシングを演じます。弁足の一撃はかなり強烈ではないでしょうか。
(デーリー東北 2008年8月8日掲載)

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