第1回 仏沼湿原の春

マガン

 青森県三沢市北部、太平洋と小川原湖が出会う地に、その「野鳥の楽園」はあります。仏沼湿原‐かつて小川原湖畔に存在したある一つの沼“仏沼”は約40年前に埋め立てられ、222haもの広大な干拓地が作られました。その後、減反政策と農家の方々による長年の管理、そしてこの地の気象条件が干拓地を特別な湿地草原に変え、偶然にもこの楽園を生み出します。集った野生生物たちはここでしか生きていけない希少な種類ばかり。中には長年行方知れずだった「幻の鳥」も含まれていました。
 2005年、その希少性と重要性が世界的に認められて、世界の湿地環境を守る国際的な枠組み「ラムサール条約」にて、保護すべき重要湿地であるとの認定を受けます。人の手が偶然作り出した楽園が、国際的な評価を受けるようになったのです。話を始める前に、少し私の自己紹介をさせて下さい。私は八戸市に生まれ、幼少の頃から八戸市近郊で野鳥の観察を楽しんで育ちました。初めて仏沼湿原を訪れたのは小学校5年生のころ、オオセッカの囀りに囲まれて、強い衝撃を受けました。これがその後の進路をきめたのでしょう。現在は立教大学の大学院に進学し、オオセッカの暮らしぶりの全容解明に取り組んでいます。これから半年にわたって、仏沼の主役たちと私の調査研究の様子を中心に、仏沼湿原の魅力についてご紹介したいと思います。お付き合いください。3月、北東北ではまだ冬の気配が残っていますが、鳥の世界では既に春の渡りが始まっています。この時期ほとんど人気のない仏沼湿原の周りには、日本列島各地で冬を越したハクチョウ類やガン類が次々と田んぼに降り立ち、食事をする姿が見られます。彼らが食べているのは前の年の落穂や草の種、若芽などです。これから何千キロも北にあるシベリアの繁殖地へ飛んでいくためには、体力の回復と栄養補給ができ、安心して翼を休めることができる場所が必要です。仏沼湿原はそのような場所の一つで、渡り鳥が翼を休める中継地としての役割も持っています。仏沼湿原は夏鳥へ繁殖場所を提供し、冬鳥へ越冬場所を提供し、そして多くの渡り鳥へ中継地を提供する、年間を通じた役割を持っています。彼ら冬鳥と入れ替わりに、いよいよ仏沼の主役たちが南から帰ってきます。桜が咲くころになると、仏沼湿原は鳥たちの囀りで埋め尽くされる、一年で最も熱い季節を向かえます。
(デーリー東北 2008年4月4日掲載)

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