9月、仏沼湿原はしんとした静寂の中にあります。8月末に最後のオオセッカのヒナが巣立ち、鳥たちの繁殖シーズンはようやく終わりました。あんなに騒がしかった小鳥たちは囀りを止め、草むらの中に潜んで南へ帰る準備をしています。いよいよ、国を越える大移動、秋の渡りの始まりです。夏鳥は徐々に去り、仏沼湿原の主役の座はこれから冬鳥へと移っていきます。渡りは鳥たちにとって大きなイベントです。新しい羽根を装い、栄養を体にたっぷりと蓄えた渡り鳥は、その小さな体で山野や海を越え、何百何千キロも離れた場所へ飛んでいきます。これはまさに命がけ、特にその年生まれの若鳥には大変な負担です。その過程で多くの弱い命が失われ、強い者だけが厳しい冬を乗り越えて再び故郷へ戻ることを許されます。遠い過去から延々と続く、強者生存の厳しい掟です。気の早い渡り鳥は7月末、仏沼湿原の鳥たちがまだ子育ての真最中に渡りを始めます。その代表的なものはショウドウツバメ、日本では北海道だけで繁殖するツバメの仲間です。身近なツバメよりも全体的に茶色っぽい小さな体で、ツバメの特徴である尾の燕尾は短く、首に輪があります。名前の『ショウドウ』とは小さな洞を指し、彼らが崖に横穴を掘って巣作りする習性を表しています。彼らにとって、仏沼湿原は渡り途中に栄養補給できる大切な餌場であり、安心して眠ることができる大切なねぐらでもあります。一般にはあまり知られていませんが、子育てを終えたツバメ類は、若鳥と共にヨシ原に集団でねぐらをとる習性があります。仏沼湿原もそのねぐらの1つ、8月に入ると近隣で子育てを終えたツバメが次々と合流していきます。そこに北海道から来た何百羽ものショウドウツバメも加わり、仏沼湿原の夕空は、ツバメとショウドウツバメの大群で埋め尽くされます。少し早い秋の風景です。さて、彼らはヨシ原でどのように眠ると思いますか。オオセッカのような小鳥は主に草藪の中に隠れて眠りますが、ツバメ類はヨシの穂先、一番目立つ場所に鈴なりに止まって休んでいます。もうすぐ南への旅立ちの時、せめて仏沼にいる間は安心して眠りについて欲しいと願います。(デーリー東北 2008年9月5日掲載)